ヒロシマ 消え たか ぞ く。 「ヒロシマ 消えたかぞく 」を読んで<課題図書2020>

ヒロシマ 消えたかぞく|絵本ナビ : 指田 和 みんなの声・通販

本書を読んで非常に悲しいことがありました。 私の親戚の方でご主人様を戦争で亡くした方がいます。 感想文は構成を考え、順序だてて 「説明するもの」だと思えば比較的楽に書けるものです。 たった1発の原爆が、六郎さん一家を消し去ってしまいました。 私のおじいさんは戦争に行きました。 この本は著者の指田和さんが、広島平和記念資料館で、原爆被害者の方の遺品の一つとして見た写真をまとめた本です。

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課題図書③ヒロシマ 消えたかぞく

鈴木家の写真は、私たちの感覚に、戦争の本質を強く訴えかけてくる。 撮影する人に向かって笑う、って考えるとなんとなく恥ずかしくなっていましたが、将来の自分に向けて笑うんだ、って考えると気持ちが楽です。 お父さんの鈴木六郎さんは、カメラが趣味。 そしたら今の日本はどうなっていたのだろうと気になってしょうがないです。 資料館でこれらの写真を見た指田さんは、ひどくショックを受け「多くの人に見てほしい」と何年もかけて出版にたどり着いたということです。

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ヒロシマ 消えたかぞく : やぁやぁ。

なぜなら、写真を撮った六郎さんは原爆のせいで死んでしまったから。 人類の大テーマに対し、そう簡単に結論をだせるはずはない。 悲しいことですが人間は生まれながらに重要なことを記憶して生まれてくるわけではありません。 上の子が下の子の面倒をみる、家族みんなが力を合わせて楽しく過ごしていたんだろうなと考えさせられる写真。 この本を開くことで、原爆の残酷さ、戦争のむごさを、読む人の身に引き寄せて考えるきっかけとなったら、という願いを込めてつくりました。 指田さんの思いは、世界中の人に、核兵器を使うことの悲惨さや愚かさ、罪深さを伝えたい一心からのものだと伝わる内容だったからです。

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ヒロシマ 消えたかぞく

朝から、書店で涙した。 しかし、伝え残すためには、指田さんのように、まず「伝え残そうとする意思」がなければ始まらないという重大な事実にも気づくことができました。 現代はインターネットを通じ、自分の考えを世界中の人に伝えることができる時代です。 英昭くんは公子ちゃんをおんぶして、治療所があった御幸橋まで逃げました。 太平洋戦争の末期の昭和20 1945 年8月6日、当時の対戦国アメリカによって 広島に落とされた一発の原子爆弾(原爆)。 次男護君(同3)と次女昭子ちゃん(同1)は焼け跡から白骨で見つかり、六郎さんも、救護所の名簿に「重傷後死亡」との記録があった。

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緑地帯 指田和 消えた家族を追って <1>

夏休み前でも読書感想文を始めてOK• 仲が良かった長男英昭君(同12)と長女公子ちゃん(同9)は、通っていた袋町小学校で被爆。 それは、幸せな平和を作っていくのは、私たち自身であると訴えかけているようにも思えます。 戦争の被害は原爆によるものだけではありません。 この本を開くことで、原爆の残酷さ、戦争のむごさを、読む人の身に引き寄せて考えるきっかけとなったら、という願いを込めてつくりました。 何らかの判断をくだすためには、判断のもととなる判断材料が必要であるため、私はこの本を読み、歴史的知識をもっと増やさなければならないと痛感させられた。

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ヒロシマ 消えたかぞく|ポプラ社の絵本|ノンフィクション|本を探す|ポプラ社

たった1発の原爆が、六郎さん一家を消し去ってしまいました。 66回の応募のルールについての詳細はこちらページで発表されます。 どうして何年もかけてまでこの本を出版させたのでしょうか。 未来の自分に近い人といえば、両親だと思います。 そのため、読み終えて感じたものや、伝わった内容が、これまで読んだ本からのそれらとはまるで違っていた。 夕方に荒神橋近くで「じゃ、また」と別れたのが、最後になった。

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『ヒロシマ 消えたかぞく』読書感想文|消えても消えないもの

公子ちゃんの行方はわからなくなりました。 広島に原爆が投下された同じ年1945年昭和20年6月10になります。 どんな内容?(あらすじ、レビュー、感想など)• 自分の先祖や身内など被害に遭って今どんな暮らしをしていただろうと思うとある時にずっと考えてしまう時があります。 それは「人間はなぜ戦争をやめられないのか」であり、また「どうすれば戦争を防げるのか」の二つである。 しかし、それについて「考える」という方向に進んだだけでも私としては大進歩だと思う。 また、愛情あふれるすばらしい家族写真の数々から、幸せにくらす人間の何気ない日常こそが大事であることに気づかされます。 道路やガラス戸に落書きをする兄妹。

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